AI は人間よりも優れた無線チップを設計できるのか?
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AI は本当に人間よりも優れた無線チップを設計できるのでしょうか。「Nature Communications」誌に新たに発表された研究によれば、その答えは「イエス」です。しかも、より優れた性能で、より高速に、そして人間にはほとんど理解できないほどの方法で設計されるのです。
プリンストン大学工学部のレポートによれば、「最先端の無線技術で信号を制御する特殊なマイクロチップは、極限まで小型化された驚異的な工学の結晶で、設計が非常に難しく、コストもかかる」と言われています。このマイクロチップが今回の研究の焦点でした。この新たな技術により、従来のアルゴリズムでは数週間かかっていた複雑なアーキテクチャを数分で素早く合成することが可能になります。研究によると、この革新的な手法は、現存する方法では作成が不可能とされてきた構造すらも生成できることが時に明らかになりました。
「従来の設計では、信号がチップ上で設計どおりに流れるように、回路と電磁要素を一つ一つ慎重に組み合わせていました。その構造を変えることで、新たな特性を取り入れることができます。以前は、これを実現する方法は限られていましたが、今では選択肢が大きく広がりました」と、プリンストン大学 次世代通信産業連携プログラム NextG の研究主任兼共同責任者である Kaushik Sengupta 教授は語ります。
ディープラーニング
プリンストン大学とインド工科大学マドラス校の研究者らは、アンテナ、フィルター、スプリッター、スイッチといった任意形状の電磁気構造に逆設計手法を用いるディープラーニングベースのモデルを採用しました。結果は画期的なものでした。数分以内に AI が斬新な構造のデザインを生み出したのです。
電磁 (EM) エミュレーターとして使用されたのは、深層畳み込みニューラル ネットワーク (CNN) でした。入力は任意の形状と端子配置で、出力は複数ポートの散乱特性や放射特性の予測値です。

a) 逆設計による任意形状の複数ポート放射/非放射構造を備えたチップ合成のアプローチ案。回路は同時設計されています。b) 逆設計の集積型複数ポートミリ波受動構造とエンドツーエンドのミリ波増幅回路チップ。複数ポート受動回路と能動回路は同時設計されています。チップは業界標準の 90 nm BiCMOS ファウンドリで製造されています。c) ディープラーニング ベースの順方向電磁気エミュレーターで可能となった所望の散乱特性と放射特性をもつ任意の複数ポート電磁気構造の逆合成。後者は構造の画像を入力として受け取り、任意形状の平面構造空間において、周波数ごとの複数ポート散乱特性と放射特性を正確に予測します。 (画像著作権: Nature)
RF Toolbox と Antenna Toolbox は、構造と回路の電磁気特性を設計してシミュレーションするために広く利用されていました。こうしたシミュレーションから、設計の電磁気特性を予測するディープ ニューラル ネットワーク モデルの学習に用いるデータセットが生成されました。Parallel Computing Toolbox により、RF と EM のシミュレーションが高速化され、作業負荷は大学の HPC クラスターに分散されました。
CNN は Deep Learning Toolbox で開発されました。主に、任意形状の電磁気構造の散乱特性と放射特性を予測するディープ ニューラル ネットワークの設計と学習に使用されました。Deep Learning Toolbox は Parallel Computing Toolbox と組み合わせて、大学のローカル GPU 上での学習と推論にも利用されました。
研究の中で、研究者らは「一度学習が完了すれば、合成は数分以内に目標仕様を達成できる」と述べています。
人間とは異なる発想をする AI
チップ設計者の多くは、専門性を極めるために長年にわたり技能を磨いています。その思考プロセスは通常、あらかじめ選ばれた電磁構造のテンプレートに基づく線形的なものです。結果として得られるトポロジは、広範な学習と経験に基づいた手作業によるレイアウトになることが多くなります。一方、AI は同じように線形的に思考するのではなく、求められる電磁特性や機能に基づく任意形状を独自に発想します。
「我々が生み出そうとしている構造は複雑でランダムな形状に見えますが、回路に接続すると従来では実現不可能だった性能を発揮します。これは人類の理解の範疇を超えているかもしれませんが、より優れた動作が可能になります」と Sengupta 氏は言います。
インド工科大学マドラス校電気工学准教授であり共著者でもある Uday Khankhoje 氏は、この革新的な技術は効率性をもたらすだけでなく、従来のエンジニアリングの域を超えた設計上の課題に新たな道を切り拓く可能性を秘めていると語ります。
「この研究は、説得力のある未来へのビジョンを示しています。AI は、時間のかかる電磁気シミュレーションを加速させるだけでなく、これまで未開拓だった設計分野の探究を可能にし、従来の経験則や人間の直感とは一線を画す、驚異的な高性能デバイスを生み出します」と、同氏は続けます。

プリンストン大学の Sengupta 研究室のディスプレイに拡大表示されたチップ回路。左は Kaushik Sengupta 教授、右は電気・コンピュータ工学科の大学院生で筆頭著者の Emir Ali Karahan 氏。 (画像著作権: プリンストン大学)
次世代無線システムの複雑化と高まる要求によって、RF/EM 構造に対する新たな設計パラダイムが求められています。この研究の成果がこうした分野に新たな道を切り拓き、設計者はデバイスのサイズや性能に関する厳しい要件に対応できるようになります。
Popular Mechanics 誌では、「適切なアルゴリズムがあれば、わずか数分で新しいパラダイムを提案できると言われています。エンジニアは、そうしたパラダイムを自身の新たな発想への革新的な出発点として活用できるようになります」と述べられています。
人間の設計者は不要になるのか?
この AI によって人間の設計者は不要になるのでしょうか。研究者によると、そうではないようです。AI の目的は、これまで検討されてこなかった新たな提案により設計を強化することにあります。それでも依然として、AI が不適切あるいは非効率なレイアウトを生成したり、全く機能しない要素を設計に加えてしまう「AI ハルシネーション」を未然に防ぐためにも、人間による管理と監視が必要になります。
「いまだ人間による設計修正が必要な落とし穴が存在します」と Sengupta 氏は言います。「主眼は人間の設計者をツールに置き換えることではありません。重要なのは、新しいツールを使って生産性を高めることです。人間の知性は新たな価値の創出や発明にこそ最大限発揮されるべきであり、より日常的で実務的な作業はこうしたツールに分散すればいいのです」と同氏は締めくくっています。
研究論文の全文は、DOI 10.1038/s41467-024-54178-1.をご参照ください。
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